Make an expedition to The TOKYO
(July.2003)


SETO'S REPORT
東京遠征 2003 7-07

「いとこ会」



駅員さんのメモと、松田さんのおかげで無事、

勝どき駅に22:00頃到着。


連絡をしていたので、その時間に従姉妹二人がいるはずなのだが、

まだ来ていない模様。


電話したらもうすぐつくということらしい。


すると、向こうから小さい二人の女子二人が向かってくる。

「あー、どうもー久しぶりー。」と血縁会話。


私の親父の兄の娘、つまり従姉妹である。

しかし二人ともこんなに小さかったかなあ?

大人になってからも出くわしているのだから、

サイズは変わっていないはずなのだが、そう感じた。


近くのコンビニで、おつまみなどを買って、従姉妹(姉)邸に向かう。


でかいマンションに到着、京都ではまずあり得ない高さだ。

そこら中にそのクラスのサイズのマンションがそびえ立つ。

新しく作っているところも有る。

一体、東京はどれほどまで人口を増やせば気が済むのだろうか。

住んでいる人は気づかないのだろが、たまに来た人間は直ぐ気づく。

人口過多である。


15階までエレベーターで上がる。

部屋に入って奥の窓から見える夜景は、海そして向こう岸にはお台場。

フジテレビも見える。スゲー景色だ。




なんだこの景色は!?ひっそりと佇むフジテレビ。
(翌日の朝に撮影)



早速、ビールなどを貰いまた飲む。

色々お話するが、とりとめの無い話だった気がする。


その一つ


私のデザインしたモノを従姉妹(妹)に見て貰っていたのだが、

「なかなかいいじゃん、センス有るよ。」

と評価されて、「へっへーん」となっていたのだが、

従姉妹(姉)らしく

「なんでそういうえらそうな評価するの?」

と、いわれてみればそうだなあという、もっともな突っ込みが入る。

などなどである。


が!

昔から気になっていた話題になる。

父方の爺ちゃんは昔から写真を見るたびにどう見ても外人顔なのだ。

それを見ていたので、親父に聞いたことがあったのだが、

どうやらどこか外国の血が入っているのではないかということらしい。

ちなみに私が聞いたのは、ロシアでは無いか?という話だったのだが、

従姉妹二人は、スペインという話らしい。

既によくわからない状態になる。


実は翌日さらに父の姉の息子である従兄弟

にも出くわす予定にしたらしい。

正直私は出くわした記憶が無い。

父は8人兄弟なので、その姉の息子で従兄弟といっても

相当私とは年が離れている筈。


そんな従兄弟が、そのことを細かく調べたらしく、

みんなでそのことを明日聞こうということになった。


何とも気になる。


時間も3:00を過ぎていたので、睡眠。


翌日お昼頃に、銀座で待ち合わせ。

日産のショウルームで時間を潰す。


ようやく見えたようだ、

というのも合ったことが無いので私だけではわからない。


ぎこちない挨拶をすませて、地下鉄で浅草に向かう。

東京には何回か来ているのだが、全く初めての東京観光。


浅草寺に到着。

あの有名な提灯が補修中だったので、最初はわからなかった。



提灯が無いとどこだかわからないねえ。


案外こういう方が貴重かと思う。


普通に煙を浴びたり、おみくじ引いたりする。もはや、「観光プレイ」

花屋敷にも行って、恐ろしいと云われるジェットコースターにも乗った。

運良く(悪く?)一番前に乗る羽目になる。

一番前だと、走るコースが丸見えなので滅茶苦茶恐い。

更に、スピードで腰が浮いてしまう。

しっかり捕まっていないと吹っ飛んでしまう。

なんとか無事こなしそれだけ乗って脱出。


お昼ゴハンを食べに行くのだが、とんでも無いところに向かう。

百年の老舗 牛鍋(すき焼き)「米久本店」だ。

いかにも高そうな店構え、「おいおい行きの事件で金ねえよ。」

と思いながらも入っていってしまう。


案の定高級そうな「牛」、現在「牛肉」になったものがお皿に乗ってやってくる。

さすがに食べたら抜群に旨い。

昨日も肉喰ったなあと思いながらも美味しくいただく。




見てくれこの色!


ようやく昨日の話題にあがった、どこの国なのかを問いただす事にする。

まず、本当に外国の血が入っているかを確認しないといけない。

と思っていたら初っぱなから

「爺ちゃんはハーフだった。」といういきなりパンチの効いた説明を受ける。

どうやら、爺ちゃんのお母さん

(曾婆ちゃん、あれ?曾爺ちゃんだったっけかな既にあやふや)

はイギリス人だったということらしい。

早々に答えを貰う。

その説明している従兄弟もスペインだったと聞いていたらしく

「俺にはラテンの血が流れている。」と言っていたらしい。


当時、ハーフという理解の有る表現は無かったであろう、

精々「外国人のあいのこ」が関の山だ。

戦争も有り、そんなことを公言してもなにも得は無かったであろう時代だ。

そりゃあその息子である我々いとこの親たちは

特に聞かされていなかったのであろうと推測できる。


その曾爺ちゃんだか曾婆ちゃんは英国に帰ってしまったらしく

更に爺ちゃんは知り合いの所に出されてしまう。

そこが、漁師の家だったらしい。


そのまま漁師として育った爺ちゃんは焼津で漁をしていたらしく。

有る年、このままでは魚が捕れないという天候不順がつづく年があったらしい。

しかし、意を決して漁に出ると、なんと大漁だったらしく、

見事その焼津の港を救う大活躍をしたのだ。

その功績を記して、今でも銅像が建っているらしい。


ホンマかいな?突っ込まずにはいられない。

そのことを家に帰ってから親父に問いただすと、ホントらしいのだが、

この親父どうもウソばかりつくので、信用はならない。

でも、従兄弟の言うこととして信用することにする。


と、そこまで調べ上げた従兄弟に感心した。

ちなみにそれより先の先祖の資料はぱったりと無いらしい。


また今度、焼津にその銅像を確認しに行こうという

曖昧な約束をしてしまった。

こっちの人で行って確かめてよ。


で、我々はじゃあ英国の血が流れているのかあ。

そりゃあなんかサッカーでもイングランドとかスコットランドとかを

応援するはずだ。変に納得。


これってちなみに何分の何なのだろうか?


親父は1/4、じゃあ我々は1/8なのか?

また調べるとしよう。

(後日、また聞き直すと、曾婆ちゃんがハーフだったということらしい。
聞き間違っていたのだ、だから従兄弟の言うところの「我々は1/16」ということで正しいのだ。
)



食事代は驕って貰ったのか貸しなのか?。

また何かを送って穴埋めでもしないと罰が当たる。


今回の遠征での収穫は、かなりのモノだ。


一度英国に旅行したことが有るのだが、

また行くことが、有るとするならば、全く違う感覚で観光するのだろう。


つづく


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